今年の夏に行なった遠征の準備中の話だ。行動食を購入に鹿児島市内のスーパーで買い物をしていた。今回は海峡横断なので途中で上陸することはできない。すべてをシーカヤックの上で完結せねばならない。総勢10名が10時間にも及ぶ行動食ともなると膨大な量になる。

 一番大きなショッピングカートを押しながらビスケットやナッツ、そしてスニッカーズ(チョコとキャラメルなどを固めたアメリカのお菓子。目玉が飛び出るほど甘い)をカートン単位で放り込んでゆく。

 スニッカーズを箱ごとカートに入れているときに気がつくと、すぐ横で少年が目を丸くして見ていた。彼からすればお菓子を箱ごと購入するなんて信じられないのだろう。目を合わせてニヤっと笑うとさらに目を丸くして後ずさり、お母さんのところへ走り去った。そしてお母さんに私の方を見ながらひそひそと話をしていた。

 おそらく「お母さん、あの人はあんなにお菓子を買っていたよ。いいの?」などと話していたのではないかな。お母さんは「あの人は大人だからいいのよ」と話したのだろうか。

 場面は変わり、夏の桜島ツアーが終わり温泉に入っていた。私は先に上がり自販機のアイスクリームを食べていた。他の男性も湯から上がり、各々ジュースやアイス、中にはビールを空ける者もいた。

 やっと女性も湯から上がり自販機の前に立つ。男性陣は「あの人はバニラアイスだ」「いやいやイチゴミルクだ」などと勝手に話している。

 次々に彼女らがアイスを買う姿を見ているとまた食べたくなってきた。「そうだ私は大人なんだ、だから自分で使えるお金で買うんだ。たとえ2本続けてアイスを食べてもかまわないんだ。」と自分に言い聞かせと2本目のアイスを口にした。

 そう自分で稼いだお金で好きなものを買い、自由な旅を行う。欲しい物があればどんどん買える。それが大人なのだ。ただし余裕があればの話だが・・・・

 各自の自由があるのが大人のはずだ。でもそんな余裕がない人は多いようだ。私もそうだ。金銭的はとても物欲は満たされない。それなら本当に欲しい物や事などを探してみればいい。すると本当に欲しいものは意外と少ないかもしれないのだ。

 私が30歳頃、仕事に疲れ生活も乱れていた。もうどうなってもいいと思うような荒んだ毎日だった。だがふと自分の本当にしたい事はなんだろうか?と考えてみた。

 高級な車が欲しい。かっこいい服が着たい。女性と洒落た店で飲みたい。だがよく考えると本当にしたい事ではない。昔から故植村直巳さんに憧れていたのでアラスカやヒマラヤに行きたかった。だが行ってそれで終わりか?

 悩んでみた。やっと自分の望むものが見えてきた。それは思った時に思った場所に行き、やりたい事をやりたいのだ。つまり自由になる時間が欲しかった。それを手に入れる為に10年もがいてみた。まだまだ十分ではないが少しは大人としての時間が手に入ったようだ。


ほとんどの方が先生(いい大人)です。


童心にかえりすぎですね。


しっかり食べる。


しっかり遊ぶ?

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