ホーボーな旅。

4月1日
鹿児島市内のホテルで髭面、ハットをかぶり、巨大な荷物を持った怪しいホーボージュンさんをピックUP。そのまま野間岬へ向かう。
野間にある笠沙恵比寿に出港準備。
さて漕ぎ出そうかと思ったら恵比寿ビールの幟があるではないか。
「海の神様に出発の儀式をせねばなるまい」とジョッキで飲みだす。
気分が盛り上がってきたところでやっとこさ海の上に出て野間岬先端を目指す。
風浦なのでのんびりと風景を楽しむ。ジュンさんも「最高!!」と叫ぶ。


海洋体験施設の笠沙恵比寿を後に漕ぎ出す。だが数時間後には帰ってきたのだ。

先端部にあるゴロタ石の浜に上陸。ここはシーカヤックしかこれない場所だ。上陸記念に缶ビールで乾杯。ラーメンと弁当で腹を満たす。
その後はダラダラと身の上話やくだらない話がとまらない。2時間近く休んでしまう。

野間岬は少し荒れていたが無事周回する。だがすでに2時半だ。今日は20kmほど漕ぐつもりだったがまだ4kmしか進んでいない。
「ジュンさん。野間裏漁港に上陸すれば温泉とビール。秋目に進めば到着は午後6時ごろで温泉なし。さあどっち?」と聞く。
「まあ、急ぐ旅でもないし初日から飛ばしてもねぇ・・・」野間裏漁港に上陸して買出し&温泉に向かう。
だが天気予報で海が時化てくることを聞いて予定を変更する。
佐多岬へは錦江湾を北上する事にする。
荷物をまとめ鹿児島市内を経由して桜島へ向かう。


ゴロタ石の海岸に上陸。我々だけの世界を堪能する。

運転中、新しく発売された水中デジカメPENTAX Optio WPの話になり、ヤマダ電機で安売りをしている事を知る。
「覗くだけだからヤマダ電機へ行ってみない?」ジュンさんが誘う。
ヤマダ電機で売り場のおねーさんに2台買えばいくら?とか様々な質問を聞きまくる。

さすがモノマガジンに連載を持つだけあり質問の内容が鋭い。
在庫を探してもらうと、お互いが気に入る色が1台しかない。
ジュン「原稿料は入っているかなぁ・・・・でも先週kissDN買ったばかりだしなぁ・・・・」
ノモ「そんな悩むなら店内を1周してくれば」
ほんとにジュンさんは悩みながら店内を1周してきた。
だが今月は苦しいので買わない事にしたようだ。これも一つの買うチャンスだと俺が買う。
レジに並ぶ俺を恨めしそうにジュンさんは見ていた。

2日
古江から出発することにする。
穏やかな錦江湾を怪しい男二人が漕ぎ進む。
荒平天神(海の中にある天神様)に上陸し拝礼する。
浜に帰るとおじさんがなにやら拾っている。波で丸くなったガラスを集めて絵を書いているそうだ。いろんな人がいるものだ。
小さな岬を回り上陸、飯でも食おうかなと見上げると浜辺のレストランAQU庵ではないか。
ビールが飲める!二人でにやっと笑い店に入る。
窓際に作られたテーブルからは錦江湾が真正面に見える。ここの夕日は最高だろう。
オーナーは鹿児島では有名な写真家だった。しかも我がパートナーと仕事もしたことがあるとの事。


再び海へ浮かびだす。


海に浮かぶ鳥居を訪問する。

オーナーの出している写真集を見たジュンさんは「これはすごい。他の写真集では何点かいい写真がある程度だがこの写真集はすべて素晴らしい」と早速買い込んでいた。
ビールを飲みながら目の前に広がる錦江湾で取れた蛤のパスタを食べる。
「ここに女を連れ込んで口説けないやつは男じゃない!」
潮臭い男二人は必要以上に語尾を上げたのだ。


なんでこの場所で男と飲まないといけないんだ!と言いつつも最高の笑顔でビールを飲み干す。

海上でラジオの中継(薩摩海道)をすませたり、海岸の小屋から立ち上る鰹節を燻す煙を眺めながら根占に着いた。
上陸してすぐに温泉に行く。
温泉でしっかりと茹で上がって出てくると、先ほどの荒平天神で会ったガラス親父が焼酎と刺身を持って待っていた。

3人で公園に行き宴会を始めたのだ。
ガラス親父は実は公務員でしかもかなりの役職についている。
絵のほうも桜島展覧会で特別賞をもらい、彼の絵が焼酎桜島の年号ボトルに使われているそうだ。
おまけにその焼酎をジュンさんは持っているとのこと。
いやぁ世の中おもしろすぎだぜ!

ガラス親父は夜半に「それではいい旅を!」と言い放して暗い国道に消えていった。
その夜は、俺は軒下にテント。ジュンさんは東屋にハンモックを吊り眠った。

3日
二日酔いだ。だが漕ぎ出そう。
まったりとした錦江湾をひたすら南下。
海の色の透明度がだんだん南の海に変わってゆく。
俺たちは自由だ!


大隈の雄しい断崖の下を漕ぎ進む。


そう。漕ぐもサボるも自由なんだ。

目的地まで後3kmほどの岬を回ったとたん強烈な風と波が襲ってきた。
あたり一面白波で風速も12mは越えている。
上陸するにも断崖だ。引き返すにも強烈な追い波になるのでジュンさんの転覆は免れないだろう。
アドバイスと気合を与えるしかない。
大きな波が来るたびに波に舳先を向けるのでどんどん沖に出てゆく。
ジュンさんのテクではコントロールする事ができない。
ほんの少し波を船体の右側に受けさせるようにしてフェリグライドで港の沖まで漕がした。
そしてここらだろうと思う地点で漕ぐのを止めて2艇を繋げてラフトを組む。
これならある程度の横波を受けても転覆はしない。
思ったとおり港の10数メーター手前に流された。
大きな波をそのまま受け流し、小さな波になった時を見計らってジュンさんのカヤックを港に投げ込む。
港に入り二人とも歓声を上げた。
「やったぜ!ビールを飲もうぜ!」


突然の突風と共に激しい波が打ち寄せだした。


キャホウ!迫り来る波も一緒に波浪記念撮影だぜ!


赤い顔は日焼けだけではない。緊張から開放されて血の気が戻ってきたのだ。

カヤックを安全な場所に引き上げ着替えもそこそこにビールを探して伊座敷の集落をさまよい歩いたのだ。
温泉に入りお好み焼き屋でビールを飲みまくる。
お好み焼き屋のおばちゃんがメチャ面白い。大阪からご主人のリストラを期におばちゃんの故郷の伊座敷に帰郷。
そこから幾多の荒波越えて小さなお好み焼き屋をはじめた。開店当初は行列のできるお好み焼屋だったそうだ。
店中に張られた写真が、おばちゃんの人柄をしのばせる。


とてもやさしいお母さんのたこ焼きをいただく。


お好み焼「ひなたぼっこ」


店にいた明日から社会人になる青年をお好み焼で買収?して集落内の空き家かテントの張れる場所を探させる。
海岸ではすでに風速15mを越える強風が吹きすさんでいる。
結局、港のすぐ横にある廃墟にテントを張った。だがその夜事件が起こるのだ。


ひなたぼっこにいた青年をお好み焼で買収して野営地を探させる。

夜中に明かりをつけてビールを飲みながら身の上話や身の下話をしていたところに、近所のおばちゃん(マキコさん68歳独身。2年前まで10歳年下の男と同棲していた)が声をかけてきて、今からツキアゲ(薩摩揚げ)の下ごしらえに行くから見に来いと、このイタイケナ中年男二人を拉致したのだ。

連れ込まれたツキアゲ作業場はまったく魚臭さがない。質素だがとても清潔にされている。(マキコさんは雇われで、店主はこの時間は就寝中)
マキコさんと髭面の男(マキコさんの甥)が大量の鯵をさばきだした。
すべて手作業で1匹1匹さばく。そして3枚におろした魚をスプーンを使い血合いと赤身をより分ける。大変な作業だ。
その後は午前3時ごろ店主夫婦がおきてツキアゲ作りに取り掛かるそうだ。
地元で作られる豆腐と鯵、それ以外は塩、ザラメ砂糖、みりんしか入れない。
さすがに眠いので途中で帰らせてもらった。


マキコさんがなれた手つきで大量の鯵をさばく。

4日
すさまじい強風が吹きすさんでいる。
海上は白熊大の白波が立ち上がっていた。今日は停滞だ。だが波浪は海だけではなかった。
朝方、マキコさんのマシンガントーク。いやバルカン砲トークかもしれない強烈な声に起こされた。
そのまま反論も何も与える隙もないままにツキアゲ屋に連れて行かれる。
そこでは朝ごはんを店の奥さんが用意していてくれたのだ。
そして我々の目の前でツキアゲを揚げてくれて皿の上に。熱々のツキアゲを食らいつきながらの朝食。感激だ!


出来立て、揚げたてのツキアゲをいただく。

いったんテントに帰り満腹のあまりウトウトしていたらまたもやマキコマシンガンがやってきた。
昼食はちゃんぽんを注文したから食べろと言う。
こちらの腹具合などお構いなし。ジュンさんと目線だけ合わしてずるずるとちゃんぽんの大盛りを流し込む。

飯をご馳走になったのでなにかお返しをせねばなるまい。
もらった恩は体で返せ。そうマキコさんが一人ではできない掃除をやる事にした。
ジュンさんは外で窓拭きと伸びきった草の剪定。俺は蛍光灯のガラス掃除と換気扇の掃除。
二人とも恩義を返したのだ。
作業中のジュンさんを見た近所のばあちゃんが「マキコさんところは若い男ができた」と言いふれたそうだ。


受けた恩義は体で返すのだ。

マキコさんのマシンガントークは続く。
たまたま顔を出した女性が帰ると「あの人は若くて美人でしょう。体もいいのよ。年もまだ62歳だしね」と言う。
ジュンさんと顔を見合わせて笑う。さすがの女好きの二人も20歳近く年上のではねぇ・・・・
このままこの近所にいるとマキコマシンガンで骨抜きにされそうだ。
ジュンさんと夕方まで各自避難する事にした。

丘の上に登ると、真っ青な空の下、真っ白に波立った東シナ海が広がっていた。これではしばらく漕げないなぁ・・・
集落の反対側の丘にジュンさんのオレンジ色のジャケットが見える。
さてどこで時間をつぶそうかねぇ。

夕方、ビールを買ってテントに戻るとまたまたマキコマシンガン。
ツキアゲ屋の奥さんが刺身を用意しているので早く来い。ついでに我が家に泊まれと誘う。
ついに観念したのかジュンさんはテントをたたみマキコさんの家に拉致される事になった。
俺はめんどくさいと言い、そのままテントに寝る事にした。

ツキアゲ屋では豪華な刺身や魚汁が待っていた。
ご夫婦の身の上話やツキアゲへの思いを聞く。
それにしても旨い刺身と魚汁だった。
ご夫婦は明け方3時には仕事にはいらなければならない。
だが近所にある居酒屋に行こうと誘う。Hobo(放浪者。もしくはルンペン)の我々はそのまま居酒屋に流れてゆく。
店にはびっくりするほどの人がいた。
そしてこの狭い集落ではみんな知り合いだ。我々もいつの間にか知らない人と酒を酌み交わしていた。


またまたオンギを受ける。

5日
いよいよ佐多岬に向かう。
海上は多少うねりが残るが行けないことはないだろう。ジュンさんも調子がよさそうだ。

最後の上陸地となる波田野で休憩。ここでレインボー桜島の富田さんがサポートにやってきた。
落ちていたリポビタンDの瓶を手に「ファイト!」「一発!」と叫び漕ぎ出す。
う〜〜ん。お互いのりが似ているなぁ・・・


レインボー桜島の富田さんがサポートに来てくれた。

岬に近づくとドンドン波が高く不規則になる。
何しろ国内でも有数の難所の岬だ。あの八幡君も1日停滞したぐらいだ。
波で海底の状況を判断し、潮の流れを読みながら漕ぎ進む。
最大の難所はジュンさんを先に行かせ、俺はバックアップをする。
岬を回りこんだ。
「やった!」「これでケープサターだぜ!」
俺が「日本本土最南端ロ〜〜ル!」と叫びロールを行う。
ジュンさんは「頭ったまわり〜」とニコニコしながら写真を撮っていた。

灯台のある島に上陸し、灯台まで登る。眺め、気分共に最高だ。
冷えていないビールで乾杯!二人とも最高の笑顔だろう。
佐多岬の思い出を語り合う。


ケープサター、ジュン!

田尻に上陸してシーカヤックの旅を終わる。
富田さんが車でやってきた。
片づけをする間に富田さんがパスタを作ってくれた。ふたたびビールを取り出し乾杯!

土産に持たされたツキアゲをムシャムシャほおばりビールを飲み干す。

帰りにAQU庵に挨拶に立ち寄る。
鹿屋のガラス親父から飲みに誘われていたのだが、薩摩半島に夕日を見ていたらここで飲みたくなった。
オーナーやお客も交えて男5人で飲みだす。
結局その夜はここのレストランに寝てしまった。

久しぶりに旅らしい旅をした。
本当に自由に生きれる奴と自由な旅。
またどこかで旅をしようぜと言って別れた。

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